自分で作った節目

2025年が明け、早くも半月が経ちました。一昨日は私の住む神戸は震災30周年でした。1995年の5月に結婚をしたこともあり、「人生の節目」について考える機会が増えました。
人生にはどんな節目がある
誕生から始まり、学校、仕事、結婚、子育て、親の介護、そして老後など、私たちの人生は節目の連続です。
子育て中の家族にとっては、学校園の行事が節目になりますね。大きな行事っとしては入学(入園)や卒業(卒園)、学期ごとの授業参観、夏休み・冬休み、運動会なども印象強いもの。春夏秋冬の移ろい、暦の行事(お正月、こどもの日など)もまた「節目」を感じさせてくれます。
これらの節目は、ただの時間の区切りではなく、それぞれに意味があり、私たちの人生を豊かにしてくれるものだと感じます。
節目での気づき
夫婦同士、親子同士、毎日顔を突き合わせていると、お互いの変化には気づきにくいもの。子どもは特に日々成長を重ねていますが、小さな変化には気づきにくいもの。 そんな時こそ、節目は新たな視点で捉えるきっかけとなります。節目において、私たちはさまざまな気づきを得るし、成長を促す力も持っています。
学校生活で言うならば、あと2ヶ月ほどで年度が終わりますが、教科書やノート、筆箱、新年度当初と比べ汚れていませんか。子どもたちは背丈が伸び、表情もしっかりしてきていますよ。 運動会や発表会の場では結果を出せて、喜びや幸せに気持ちが満たされることもありました。うまくいかず悲しみや悔しさに打ちひしがれることもありました。
節目は必ずしも祝福の時ばかりではなく、時には試練のように感じることもありますが、どちらとも大切な経験です。
一つ一つが自分を成長させてくれる機会で、後々振り返ると大きな意味を持っていることに気づかされます。
節目を越えた後に気づくこと、そしてそれをどう生かすかが、私たちの成長を左右するのだと思います。
自分で作る節目
年間予定表や暦にはなかった、思いもかけなかった節目もあります。例えば怪我や病気をしたり、不登校になってしまったとか。 自分だけが今まで進んできた日常生活を送れなくなってしまったとき、他の人より遅れをとってしまったり、取り残されているように感じます。 そんな時は感情が大きく揺れますが、そういう時こそは自分で人生の節目にしてしまうことおもできます。
環境の変化は、自分の思考や行動を変える機会になります。自分の器を広げようと自ら新しい環境を選択する人も世の中にいるわけですが、 そうではなく、他力によって変えられた環境の変化をまずは受け止めてみること。それは内側にある潜在能力が目覚めてしまうかもしれません。
少なくとも、ダメージは少なくなります。大切なものを大切にできなくなった時、そこは節目になりました。 当たり前だったことを一旦失うと、今までの環境がどんなに大切なものだったことに気づかされます。感謝の気持ちが湧きます。
感謝の気持ちは前向きな気持ちのエネルギーになり、行動を促します。そうなれば、穏やかな気持ちで今の状況を理解し、新しい自分へ変わっていくことができます。
2025年も、きっとたくさんの節目が待っていることでしょう。何が起こるかは分かりませんが、それがどんな出来事であれ、自分自身の成長の一環として受け入れ、しっかりと向き合っていきたいものです。
節目は新たな気づきと成長を促すチャンスになります。 自らが作る節目、それは単なる時間の区切りではなく、自己を新たに見つめ直し、次に進むための大きな一歩なのです。